英国住み。日本との時差8時間。地球は回っている。

クリスマスソング!ジョンレノンのHappy Xmas(War is Over) 【歌詞&対訳】

メ~リーメリ クリスマース♪ アンド ハッピーニューイャー♬

今年もいよいよ終盤ですね。
いろいろなクリスマスソング
町に流れる時期になりました。

クリスマスという日は、
英国では家族や大切な人々が集まり幸せに過ごす日であり、
世界中の人々が幸せに暮らすことを願う日でもあります。

ジョンレンンヨーコオノのこの曲、
Merry Xmas (War is Over)が街に流れると、
そのことを願わずにはいられません。

この動画は、ジョンレノン名義でアップロードされた公式動画です。

(戦争のシーンがたくさん出てきますのでどうぞ気をつけてください)

それではお楽しみください。

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The Official video for John Lennon ‘Merry Xmas (War Is Over)’「メリークリスマス(ウォー・イズ・オーヴァー戦争は終わる)」


【歌詞&管理人訳】
シンガー: ジョンレノン
作詞作曲: ジョンレノン、ヨーコオノ
リリース: 1972年11月24日 (UK)
レーベル: Apple
録音: 1971年10月28日/31日ニューヨーク

HAPPY CHRISTMAS (WAR IS OVER)

Happy Christmas Kyoko
ハッピークリスマスキョウコ(キョウコはヨーコの娘)
Happy Christmas Julian
ハッピークリスマスジュリアン(ジュリアンはジョンの息子)

So this is Christmas そう、これはクリスマスなんだ
And what have you done キミはどんなふうに過ごしたの
Another year over 一年が終わり
And a new one just begun 新しい年が始まろうとしている
And so this is Christmas そう、これはクリスマスなんだよ
I hope you have fun 恋人や家族、
The near and the dear ones 年取ったのや若いのと
The old and the young 楽しくやってることを願うよ

A very merry Christmas メリークリスマス!
And a happy New Year そしてハッピーニューイヤー!
Let’s hope it’s a good one 今年こそ
Without any fear 不安のない良い年になるといい

And so this is Christmas (War is over)
そう、今日はクリスマスなんだ(戦争はおわる)
For weak and for strong (If you want it)
弱いもの、強いもののために(もしそう願うなら)
For rich and the poor ones (War is over)
富めるもの、貧しいもののために(戦争は終わる)
The road is so long (Now)
道はあまりにも遠い(今すぐ)
And so Happy Christmas (War is over)
そしてそう、ハッピークリスマス!(戦争は終わる)
For black and for white (If you want it)
黒い人、白い人のために(もしそう願うなら)
For yellow and red ones (War is over)
黄色い人、赤い人のために(戦争は終わる)
Let’s stop all the fight (Now)
全ての戦いをやめよう(今すぐ)

A very merry Christmas メリークリスマス
And a happy New Year そしてハッピーニューイヤー
Let’s hope it’s a good one 今年こそ
Without any fear 不安のない良い年になるといい

War is over if you want it
戦争は終わる。もしそう願うなら
War is over now
戦争は今終わるんだ

(おおまかな訳です。ご了承下さい。この歌は当時のベトナム戦争へのメッセージですが、現在の世界情勢にも十分訴える力があると思います。ますます混迷化する世界中の戦争を「今すぐ終わらせる」ことができるのは私たち自身以外にないことをこの歌は教えてくれています。)

ジョンレノンについて

12月になるとジョンが撃たれた日のことを思い出します。
「戦争は終わった」と歌うジョンが銃弾に倒れるとは
皮肉以上のものを感じざるを得ません。

ここではそんなジョンの生涯を振り返ってみましょう。

ジョン・レノン(John Lennon) は、
英国のロックバンド、ビートルズのメンバーでした。
1962年10月にレコードデビューし
数々の名曲を発表。
日本にもツアーで来日しています。

イングランドのリヴァプールに生まれ
父親は船の乗組員で留守がち、
母親は他の男と同棲中と、複雑な家庭環境で育ちます。

実質上は母親の姉(ミミ)夫婦に育てられますが、
交通事故で母親を目の前で亡くすという悲劇も経験しています。

エルビス・プレスリーやチャックベリーに触発され、
ポール、ジョージ、リンゴと出会いビートルズを結成します。

バンドではボーカル、ギター、ピアノなどを担当、
ポール・マッカートニーと共に
レノン・マッカートニー名義で次々と名曲をリリースします。

ペニーレイン、ヘルプ、抱きしめたい、ゲットバック、シーラブズユー、
ストロベリーフィールズフォーエバー、レットイットビ、ヘイジュード…
数え上げれば紙面が足りません。

キャバーンクラブ

この写真は、
ビートルズ初期にライブが行われていたキャバーンクラブというパブです。
リヴァプールの街の真ん中にあり、
復元されたものです。

この小さな入り口から地下へと続く階段を下りると
こじんまりした洞窟のようなステージとバーがあります。
今でもバーなので、ビールとか飲めます。
リヴァプールにお立ち寄りの際は
ぜひ一杯やりに行ってください。

ビートルズ全盛期、
ロンドンのヨーコの個展に出向いたジョンは
そこでヨーコと出会います。
ジョンには奥さんと息子ジュリアンがいましたが、
アーティスト同士の運命の出会いとでもいうのでしょうか
ジョンはヨーコとともに生きることを選択します。

1970年4月にビートルズは解散。

ビートルズの解散はヨーコのせい、
といったものすごいスキャンダル
ヨーコを憎む世界中の声の中
2人は堂々と活動を続けます。

才能の高潔さ、豊かさでその作品を比べたら
当時ヨーコの創作していたものは
ジョンの足元にも及ばないと思います。
ただ、
彼女にはジョンの才能をさらに燃え上がらせる
起爆剤のような何かがあったのだと思います。

その後ジョンはヨーコとの間に生まれた
息子ショーンの世話のため主夫となりますが、
やがてヨーコとともにソロ活動を再開します。

運命の日1980年12月8日、ニューヨークのダコタハウスで、
マークチャップマンの銃弾に倒れたとき、彼はまだ40歳でした。

『ジョン・レノンの愛と平和の言葉』はこちらからどうぞ。


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